チョットの差 (平成21年3月10日)
先日、何気なくテレビを見ていた時のことです。
元プロボクサーで俳優の赤井英和さんが、「ぐっさん」こと山口智充さんに是非とも紹介したい店があると案内していました。その赤井さん一押しのお店というのは、東京中野にあるエディ・タウンゼント氏の奥さんが経営する「ドンピン」という和風スナックです。エディ・タウンゼント氏(1914年10月4日〜1988年2月1日)といえば、6人もの世界チャンピオンを育てた、知る人ぞ知る日本ボクシング界きっての「名トレーナー」です。赤井さんはすぐにカウンターの中に入り、我が家にでも帰ったが如く楽しそうに奥さんと談笑しながら、自ら絶品と称する「お好み焼き」を、決して手馴れたとはいえない手つきで焼き上げ、ぐっさんに食べてもらっていました。見た目はお世辞にも「おいしそう」とはいえない出来栄えなのに、ぐっさんの実にうまそうな食べっぷりと、赤井さんの「どや、うまいやろ!」という半ば強引な話しぶりは、お好み焼きの香りがテレビの画面から漂ってきそうで、「うまそうやなぁ」と思わせるには十分な様子でした。
なるほど、「これなら番組の趣旨は十分に伝えられているなぁ」と感心しているときでした。すでにテレビカメラはお好み焼きを離れ、カウンター後ろの壁に移動していましたが、そこにあったのは、満面の笑みを浮かべながら、左手を顔の少し前に出し、その親指と人差し指でほんの少しの隙間を作っているエディ・タウンゼント氏を写した一枚の大きな写真でした。
赤井さんによれば、この写真のポーズは生前中のエディ氏の口癖をよく表わしているものらしく、氏はいつも親指と人差し指との少しの間隔を示しながら「いいか、世界チャンピオンとの差はほんの少し、ほんのチョットだ。」と選手を励まし続けたというのです。そして励まされた選手は、チャンピオンとの差はそれこそ「チョット」だと信じ、日々努力を重ねたのです。おそらくエディ氏は、その「チョットの差」を埋める「チョットの努力」の難しさや厳しさ、大切さを誰よりも知っていたに違いありません。そして、その「チョットの努力」を積み重ね続けた者が、世界チャンピオンとの「大きな差」を克服して、自らチャンピオンベルトを掴むことになるのです。
ちなみに、エディ・タウンゼント氏に教えを受けたボクサーは、6人の世界チャンピオンをはじめ赤井英和さんなど、多くの名選手がいますが、選手一人ひとりに同じ質問をしてみます。「エディ氏が育てた多くの選手の中で、氏が最も目を掛け大事にしたのは誰だったと思いますか?」。すると、みんな同じ答えが返ってくるというのです。それは判で押したように、「そりゃあ、もちろん僕ですよ」と。トレーナーとして、全ての選手を思うことは容易なことではありません。しかし、全ての選手から信頼されることは、それ以上に難しいことだと思います。それだけに、このこと一つをとっても、エディ・タウンゼント氏がいかに「名トレーナー」であったかを、如実に物語っています。
お好み焼きもさることながら、エディ・タウンゼント氏の笑顔に引き込まれていくような番組でした。
平成21年3月10日