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市長のコラム

天使のパン  (平成22年1月25日)

 「日当は米一升」、つまり一日の労働対価を米に換算すれば一升だったという。労働単価が安かったのか、「物」が高かったのか、父親の言葉だからそんなに遠い昔のことではない。文字通り人は「食べる」ために働いたのだ。そんな環境で育った所為か、日頃から「食」への関心が強いところへ、「一日限定○○食!」「行列のできる超有名店!」「有名芸能人も通う超人気店!」となれば、少し足をのばしても行きたくなる。
 人間の心理は実に不可解で、「並んでまで食べたくない。」と思う反面、「並んででも食べるぐらいだから、おいしいに違いない。」と考える。こうなると、今度は「食べ物」そのもの以上に、「並ぶ」という行為が価値として加わるのだから不思議なものだ。もちろん、待ち時間にも限界はあり、どれだけ待てるかには個人差もあるだろう。しかし、こういった場合、30分より1時間のほうに値打ちがあるのは当然のことで、例えばこれがお土産なら、「1時間待ってでも買ってきた」ということで、受け取る側に価値を伝えるのには効果的だ。
 ところで、皆さんは注文から2年待ちのパンがあるのをご存知だろうか。神奈川県の北鎌倉で看板も掲げず、ひっそりと経営するパン工房でパンを焼くのは、元競輪選手の多比良泉己(たいら みずき)さん、34歳だ。多比良さんは2005年、大宮競輪場でのレース中に、ゴール目前で転倒、30時間以上生死の境をさまよう瀕死の重傷を負った。一命は取り留めたものの、脳及び頚椎と脊髄の損傷により全身が麻痺し、言葉も発せられなくなったという。そのような状況下にあって、奥さんである総子(ふさこ)さんの献身的な介護と懸命のリハビリで、手足の指先に少しずつ感覚が戻り、4ヶ月で歩行器に頼ってではあるが歩けるまでになった。そんなときに出会ったのが、リハビリに効果があるというパン作りだった。時間を惜しまず丁寧にパンの生地をこねる多比良さんの言葉を借りれば、「このパンを食べて、やさしい気持ちになってもらいたいと思いながら作っている。」という。
 次第に「このパンは、やさしい味がする」と口コミで評判が広がり、多くのファンの間で誰がいうともなくいつからか、『天使のパン』と名づけられた。「食べ物を受けつけない難病の父だが、『天使のパン』なら食べてくれそうな気がする。」、「自殺を考えていた時に『天使のパン』を知り、生きる勇気をもらった」。このような内容の手紙も届くほどで、現在は2年先の予約が入っているという。ここまでくると、このパンを一度食べてみたいと思うのは私に限ったことではないだろう。
 いずれにしてもこの話は、「やさしい気持ちになってほしい。」と願って作られたパンが、単に美味しいという「味」だけでなく、「やさしい気持ち」までも伝えたことを証明している。だからこそ、少々(?)待ったとしても食べたいのである。「人はパンのみにて生きるにあらず」。食べるために働いた時代を経て、飽食の時代といわれる現在、ともすれば忘れがちな大切なことを知らされた次第である。
 

 平成22年1月27日

shomei   

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最終更新日:2022330