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市長のコラム

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カルメン  (平成29年12月28日)

 「カルメン」といえば、言わずと知れたオペラの名作ですが、先日(8月27日)当市では実に24年振りに、それも地元の小学生や市民70人が出演する市民参加型オペラとして上演されました。これは本市出身のオペラ歌手、須藤慎吾さんのお力添えによるもので、満場の喝采を得る素晴らしい公演となりました。

 さて、公演一週間ほど前のことです。秘書課を通じて一つの依頼がありました。それは須藤さんによるサプライズ演出なるもので、「私を舞台に登場させよう」というものでした。「まさか」と思いつつも、よくよく内容を確かめるとその役は、「長官という役で市長のようなもの」「舞台の奥、上手から登場して中央で客席を向き、民衆に手を振った後下手に入る」というものでした。

 私にすれば、台詞もなければもちろん歌もありませんし、しかも、依頼主は大変なお世話をいただいている須藤さんからとなれば、これ位の「チョイ役」を断る理由はありません。いとも簡単に、メールやラインなら「了解」の二文字で答えるに等しいことでした。これを「安請け合い」と呼ぶのでしょう。後に冷や汗ものの体験になるなどとは、露ほども感じることもなく…。

 そして当日です。指定の席に腰を下ろすと同時に、係の方が足早に近づきました。出演前の打ち合わせです。「市長、出番前になったら声をかけます」。「打ち合わせ」と呼ぶにはこれ以上ない簡単なものでした。こちらといえば、これまた簡単に「はいはい」と答え、「それより、カルメンってどんなストーリー?」「やっぱり予備知識は必要やなあ」といった様子でした。そうしたやり取りの後、間もなく、開演間近の「ビィ~ッ!」と鳴るベルとほぼ同時に、再度の説明がありました。「市長の出番は4幕です。2幕の終了で楽屋に移動願います。そこで簡単な舞台化粧をします。」私は首を縦に振り、「化粧?そりゃあそうやなあ」と、心の中で呟きながら「はいはい」と、1回ですむ「はい」を2回重ねる「余裕」がありました。

 そして、いよいよ開演です。場内に流れる音楽と歌声、歴史を感じさせる衣装を身に纏った迫力のある演技に圧倒されます。さらに、私のような素人にも分かるように、舞台両袖に設けられた日本語文字スーパーにも助けられ、すぐに舞台に引き込まれました。そしてその感動をより大きなものとさせたのが、小学生を含む地元の参加者の皆さんでした。プロの出演者に引けをとらない、むしろそれを引き立たせる素晴らしい演技です。それは、どれほど大変な練習を積み重ねてきたかを、簡単に想像させるものでした。

 そんな感動に浸っている最中でした。次の瞬間、まったく予想もしていなかった思いが、急に頭の中に広がりました。それは至極当然と言えば当然のことです。「待てよ!自分が引き受けた役とはどんな役なのか?」「長官役とは聞いているが誰なのか?」「民衆に向かって手を振るというが、民衆とはどの様な人達なのか?」次々に疑問が湧いてきます。「手を振るといっても大きく振るのか、小さく振るのか?」「笑顔でいいのか?笑顔なら歯を見せるほどの笑顔か?」今更ながら、何一つ分からないまま安請け合いをした「長官役」が、会場からもうすぐ自らの出番となる舞台を観ているのです。「しまった!チョイ役とはいえ、せめて一度くらい練習をしておけばよかった」。「余裕」が「焦り」に変わった瞬間です。

 さらに、この「焦り」はこのあと頂点に達します。先ほどの「打ち合わせ(?)」どおり、2幕終了と同時に楽屋に案内された私は、舞台用の化粧に髪の毛も逆立たせ、あっと言う間に長官へと変身です。そうこうしている内に、第3幕が始まりました。そこでのスタッフの説明は、「3幕と4幕の間には幕あいはありません。少し時間がありますが、舞台袖でお待ちください」というものです。今更ながら、その時の返事が「はい」の一言であったことは、説明の必要のないところです。

 こうなれば、少しでも舞台に馴染もうと、舞台袖から劇の様子を伺います。もちろん、それはそれで迫力満点の臨場感で、舞台に溶け込む一助になります。ただ、「やっかいなこと」に、先ほど客席から見ていた「日本語文字スーパー」が、舞台袖からはまったく見えないということでした。迫力のある歌やセリフはすぐ目の前にあるものの、言葉が理解できません。もうこうなれば内容の理解よりも、いかにこの空気に馴染めるかどうか。それに集中する以外にありません。

 そうした時間がどれほど経ったのでしょう。その時は突然やってきました。私が待機している舞台そでの足元近くが急に明るくなり、これといった前触れもなく「ポン!」と背中を押されると同時に、長官は舞台中央に向かって一歩を踏み出したのです。

 観客席から観れば、舞台の一番奥の一段高いところを、上手からの入場なので、中央までの長官は横顔です。そして、いよいよ舞台中央で観客席に向き、民衆に向かって手を振る場面です。この間わずか一、二分、客席がざわざわとして幾ばくかの拍手がありました。「長官役は市長」と気付いた人達からの拍手です。「よかった」。サプライズは成功なのかどうかは、ご覧の皆さんに委ねるべきものですが、当の本人は観客席からの「反応」に一安心といったところでした。

 舞台裏にはけた私に、須藤さんから言葉をいただきました。「よかったですよ。通常あの場面での拍手はありません」。サプライズ成功といった笑顔です。私とすれば、舞台が「よかった」かどうかより、出番が終わって「よかった」という思いで、少しでも早くこの場所から離れようと、そそくさと身支度を整え始めていました。その様子が須藤さんに伝わったのか、「市長、まだ帰らないでください。カーテンコールまでお願いします」。「えっ!カ、カーテンコール?!」「最後に出演者全員で礼をする?!」。「ほっ」と一息もつかの間、すぐに次なる「緊張」が待っていようとは、一難去ってまた一難とはこのことです。

 そして「カーテンコール」です。須藤さんから呼び出された私は、ふらふらと気が付けば舞台中央でした。左手にカルメン、右手は須藤さん演じるエスカミーリョ、長官はさながら主役のような立ち位置です。みんなで横一列、舞台の最前列で礼をします。礼の瞬間、とっさにカルメンの動きに目をやりました。カルメンは左足を残したまま、右足を斜め後ろに引きながら頭を下げています。私はそれに倣い、同じく右足を引きながらいつもより丁寧なお辞儀を心掛けました。次に今頭を下げた一列は、手をつないで後ろへと下がります。そして、2回目のお辞儀です。今度は右手のエスカミーリョを横目で見ます。なんとエスカミーリョは、男らしく両足を肩幅に開いたままの「礼」です。私は慌てて、後ろに引きかけた右足を「ぐっと!」踏ん張り、肩幅をキープです。

 かくして私の「カルメン」出演は無事かどうかは別にして、とにかく終えることができました。当初もくろんだ、「プチサプライズ」は成功したのかどうかは分かりませんが、少なくとも私とっては、「サプライズ」に違いありません。

 「安請け合いをするものではない」とは、正にこのことです。更には、「チョイ役」を侮ってはなりません。歌もなければ台詞もない、民衆にただ手を振るだけの「長官役」、されど「長官役」なのです。「チョイ役」が劇全体を引き立てることもできれば、台無しにすることも可能です。舞台全体、出演者全員、それぞれ正に「役割」があります。「主役」あっての「チョイ役」であり、「チョイ役」あっての「主役」です。出演者一人ひとりがその役を演じ切ってこそ、感動の舞台となるのです。

 願わくは、今一度ゆっくりと全幕通して観覧の機会を得たいと思います。もちろんその時は、誰よりも「長官役」その人に注目しながら…。

  平成29年12月28日

shomei  

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最終更新日:2018111